抗がん剤による副作用の改善に、ハンドケアの有効性を研究中です

ハンドケアの科学的根拠を究め広めたい

「今日はむつかしい顔をしているわ」
「今日はちょっと顔色がいいわよ」
「少し疲れているんじゃない?」

私は週に一回、大学病院の乳腺外科外来で、乳がん患者さんにハンドケアをしています。ケアの最中、私は研究や論文のこと、学生の指導ことなどが頭に浮かぶと、無意識のうちに眉毛に縦シワがよるらしいのです。すると患者さんはそんな私の表情から胸の内を見抜き、冒頭のように指摘してくださるのです。

乳がん患者さんは、抗がん剤治療によって指先にしびれが起きることがあります。これは抗がん剤が患部だけでなく、指先の末梢神経にまでおよび、神経細胞が壊れてしまうためです。指先のしびれは、箸を持てない、ボタンがはめられないなど日常生活に直結します。こうした方々の暮らしの大変さは想像するのに難くありません。

———— 神経細胞は弱く柔らかい圧力を加えることでTRPV2 というタンパク質が活性化し、細胞骨格が伸びて神経は再生する(* 1) さらに、マッサージによる刺激は細胞レベルで炎症を起こす物質を減らす。その結果、痛みは和らぐ(*2)————

あるとき私はこのような論文を読み、抗がん剤で傷ついた神経細胞もマッサージで再生し、しびれが軽減するのではないかと考えました。そこでハンドケアセラピストの資格を取得し、病院でハンドケアによるしびれ改善効果を調べる臨床試験を始めたのです。

患者さんの言葉に助けられ…

「予定を立てるのは3日後まで。1カ月先はわからないから趣味三昧の日々を楽しんでいるのよ」

再発を繰りかえし、長年乳がんと共に生きてこられた患者さんはそう言い、先日の還暦のお誕生日には「還暦まで生きられるとは夢のようだわ」と笑っておられました。

ハンドケアセラピストの魅力は、今この瞬間を懸命に生きている方々の話を聞き、その体験を共有する時間を持てることだと思います。ハンドケアを通じて患者さんを助けるつもりが、私自身が助けられ、患者さんひとり一人の言葉が私の宝物になっています。

シャーレに育てた神経細胞に抗がん剤を添加し、ハンドケアに類似した刺激を与えると、驚くことに委縮した細胞は30 秒で再生する準備を始めます。抗がん剤の種類や薬量によっても変わるため、どのようなタンパク質が神経再生に関与しているかなどを調べています。今後も医学研究者としてハンドケアの科学的根拠を明らかにし、学会発表や論文でハンドケアが医療に役立つことを広めてまいります。

* 1:Shibasaki K. FASEB J, 2017
* 2:Jastin D. Sci Transl Med, 2012

佐々木 晶子
佐々木 晶子

昭和⼤学医学部 薬理学講座において、医科薬理学部⾨講師を務める。
公益社団法⼈⽇ 本薬理学会学術評議員。医学博⼠

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